2011年 09月 26日
第8弾 復興支援便 無事帰還致しました!
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数日間ブログを書かないと落ち着かなくなっている自分に気付きました。22日夜から昨日まで、3日間の活動を終えて今朝6時過ぎに帰社し、一日中バタバタとしてようやく落ち着きましたので、遅れ馳せながら御礼を申し上げます。23日は昼頃に宮城県亘理町のS様宅へ伺い、途中激しい雨の歓迎を受け1時間ほど中断したものの夕方まで楽しく過ごさせて戴きました。台風15号の影響で折角作った工具小屋が飛ばされたそうですがきちんと復旧されてました。その後陸前高田市へ移動、夜10時頃でしたが誕生祝いのケーキを用意して待っていてくれました。ここも台風の風により前回作った休憩所のテントが破壊されており、翌日修繕すると約束して退却。24日は大船渡市の学童保育所、昼からは栃ヶ沢仮設住宅で「文化祭」を敢行、25日は常宿となりつつある「玉の湯」さんで
物資をお分けし、その後初訪問となる釜石市の野田仮設住宅へ。ここは仮設に移住して5日目に食料の支援物資が届いただけで、それ以来今日まで1度も支援物資が届いていないとのことでした。
ここは釜石駅から数kmのところで決して不便な所ではありません。にも拘わらず、何故か支援物資が来たことが無いというのも信じ難いことですがこれも現実です。午後1時頃から5時まで、来訪者は途切れることなく撤収にかかってからも車で駆けつける方、通りすがりに立ち寄る方と多くの方に物資をお配りさせて戴きました。何せ、朝の気温が11℃、日中でも最高気温が22℃ですから
確かに冬物衣料も必要です。台風で仮設住宅が雨漏りしたり、余震があったりとまだまだ心休まる状況ではないとの話を何人もの方から伺いました。徐々に活気づいて笑顔の増えた場所もあれば、まだまだ隣人にすら気遣いしなければならないような場所、明暗がはっきりしてきたようにも感じました。詳しくはまた報告書にも書かせて戴く所存ですが、復旧が進んでいる地域と、未だ取り残されたような地域が現実にあります。また、狭い住宅の中ではそれぞれが悩み、苦しんでいる問題も散見されます。私どもにはそれを解消する力も知恵もありませんが、少なくとも皆様からお預かりした物資がかなりの助けになっていることは間違いありません。どうか、被災地の皆さんに心からの笑顔が戻るまで、長い長い支援になるとは思いますがご支援の継続をお願い申し上げます。改めまして、第8弾に際して多大なるご協力を戴きましたこと、心より御礼申し上げます。
物資をお分けし、その後初訪問となる釜石市の野田仮設住宅へ。ここは仮設に移住して5日目に食料の支援物資が届いただけで、それ以来今日まで1度も支援物資が届いていないとのことでした。
ここは釜石駅から数kmのところで決して不便な所ではありません。にも拘わらず、何故か支援物資が来たことが無いというのも信じ難いことですがこれも現実です。午後1時頃から5時まで、来訪者は途切れることなく撤収にかかってからも車で駆けつける方、通りすがりに立ち寄る方と多くの方に物資をお配りさせて戴きました。何せ、朝の気温が11℃、日中でも最高気温が22℃ですから
確かに冬物衣料も必要です。台風で仮設住宅が雨漏りしたり、余震があったりとまだまだ心休まる状況ではないとの話を何人もの方から伺いました。徐々に活気づいて笑顔の増えた場所もあれば、まだまだ隣人にすら気遣いしなければならないような場所、明暗がはっきりしてきたようにも感じました。詳しくはまた報告書にも書かせて戴く所存ですが、復旧が進んでいる地域と、未だ取り残されたような地域が現実にあります。また、狭い住宅の中ではそれぞれが悩み、苦しんでいる問題も散見されます。私どもにはそれを解消する力も知恵もありませんが、少なくとも皆様からお預かりした物資がかなりの助けになっていることは間違いありません。どうか、被災地の皆さんに心からの笑顔が戻るまで、長い長い支援になるとは思いますがご支援の継続をお願い申し上げます。改めまして、第8弾に際して多大なるご協力を戴きましたこと、心より御礼申し上げます。
by yokkaichi-exp
| 2011-09-26 21:17